UNDERCOVER 高橋盾とその歴史

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UNDERCOVERとは


UNDERCOVER(アンダーカバー)とは、日本人デザイナーの高橋盾(タカハシジュン)氏が一之瀬弘法(イチノセヒロノリ)氏と共に立ち上げたファッション・ブランド。ブランド名には「秘密めいた雰囲気を漂わせたい」という思いがあり「アンダーカバー」という造語を採用。両氏が文化服装学院在学中にスタートした。独創的なデザイン性とパンクの強い影響が若者を中心にカルト的な人気を誇り、1990年代には、東京の裏原系ブランドの代表格として知られるようになる。以降ストリートのカリスマ的ブランドとして若者から絶大な人気を得る。その後、東京コレクションやパリコレクションへの参加、第19回毎日ファッション大賞の受賞、海外のセレクトショップでの販売などの実績を築き、日本を代表するブランドへと成長を遂げた。なお、「アンダーカバー」はレディースラインであり、メンズラインは「アンダーカバイズム」である。

現在、東京を中心に店舗を展開している。東京では、レディース、メンズともに、青山に本店があるほか、新宿伊勢丹やGINZA SIX、Dover Street Market Ginzaにて、レディースもメンズも取り扱う店舗がある。メンズのみになるが、阪急メンズ東京、六本木ヒルズなどでも、店舗を展開する。都内ではほかにも、渋谷区にあるDISTRICT UNITEDARROWSなどのセレクトショップで商品の一部を取り扱いっている。また、東京ソラマチや原宿ラフォーレでは、ブランドの世界観を気軽に楽しめる「MADSTORE UNDERCOVER」という雑貨や日常着を扱うコンセプトショップを展開している。東京以外では、阪急メンズ大阪にメンズの店舗があるほか、福岡、群馬、栃木、静岡などにあるセレクトショップにて、ブランドの一部商品を扱っている。

 

 

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UNDERCOVERの歴史


1988年、高橋盾が文化服装学院アパレルデザイン科に入学。入学後はクラブイベント「ロンドンナイト」へ足を運ぶようになり、ファッション関連のコネクションを次第に増やすこととなる。

1989年、高橋盾が文化服装学院2年生となり、後にアンダーカバーを共に立ち上げるヴァンダライズ(VANDALIZE)デザイナーの一之瀬弘法と出会う。同年にイギリスのファッションブランド「ヴィヴィアンウエストウッド(Vivienne Westwood)」がアンダーグラウンドシーンでショーを開催、その際に高橋盾がモデルとして参加。このころよりパンクファッションブランド「ミルク(MILK)」のデザイナー大川ひとみと交流が始まり、さらにファッション関連のコネクションを拡大していくこととなる。

1990年、文化服装学院3年時に一ノ瀬弘法とともに「UNDERCOVER」を立ち上げる。発足当初は手刷りプリントのTシャツを中心に販売。

文化服装学院卒業後は渋谷区内にオフィス兼住居を構えブランドを本格化していく。本格的にブランド活動を開始し、ミルクボーイ(MILK BOY)などでも販売されるようになる。

1993年にA BATHING APEのNIGOとセレクトショップ「ノーウェア(NOWHERE)」を立ち上げる。

1994年、1994-1995 A/Wより東京コレクションに初参加。「有限会社アンダーカバー」を設立し、ブランドの規模が拡大。藤原ヒロシと「A.F.F.A.」を設立したりするなど多方面での活躍を見せる。

1995年、直営店「ノーウェア・リミテッド」を原宿にオープンし、レディースとメンズを本格的にスタートさせることとなる。1995年秋冬のコレクションを最後に一度ファッションショーを休止、ビデオ制作に取り組むこととなる。

1997年、2年間休止していたショーを再開。同コレクションで「毎日ファッション大賞」の新人賞・資生堂奨励賞を受賞します。

2000年には「株式会社アンダーカバー」に改組し、さらに飛躍。

2001年、第19回毎日ファッション大賞を受賞。

2002年10月に2003年春夏コレクション(2003SS)「スキャブ(SCAB)」でパリコレクションに初参加。参加のきっかけはCOMME des GARCONSの川久保玲による助言とのこと。

2003年から活動の場をパリに移す。この頃からレディースがアンダーカバー(UNDER COVER)メンズがアンダーカバイズム(UNDER COVERISM)と分類するようになる。

2008年、スタイリスト野口強の呼びかけでアンダーカバー、N.ハリウッド、ナンバーナイン、ヒステリック・グラマーが集結したセレクトショップ「クアドロフェニア」が大阪にオープン。2009S/S、メンズラインのアンダーカバイズム、パリにて展示会形式でコレクションを発表。

2009年、ドイツにおけるインダストリアル デザインの父Dieter Rams(ディエター・ラムス)に捧げたメンズウェアを、フィレンツェのピッティ・ウォモ(Pitti Uomo)で展示。

2010年ナイキ(NIKE)とのコラボレーション「アンダーカバーギャクソウ(UNDER COVER GYAKUSOU)」がスタート。

2012年、ユニクロとのコレボレーション「UU(ユニクロ アンダーカバー)」を発表。世界11ヵ国のユニクロで展開されている。UUのキッズウェアは2014年以降も継続的にコレクションを発表している。

2013年からは、ブランド初のセカンドラインとして、レディーズの「SueUNDERCOVER(スーアンダーカバー)」とメンズの「JohnUNDERCOVER(ジョンアンダーカバー)」を同時スタート。

2014年、”ギラップル(GILAPPLE)”を持ったハローキティ(HELLO KITTY)が登場。

2015年、ブランド設立25周年を記念し、展覧会「LABYRINTH OF UNDERCOVER “25 year retrospective”」を東京で開催。ファッション以外にも映像、絵画など多様なクリエーションが展示された。

2016年、「キース(KITH)」カーハート(CARHARTT WIP)や「ノンネイティブ(nonnative)」とコラボ。ザ・パーキング銀座にて発売した。

2016年の紅白とカウントダウンではRADWIMPSの衣装を担当。

2017年、フット ザ コーチャーの「S.S.SHOES」をベースにしたコラボシューズを発表。

 

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デザイナー高橋盾とは


デザイナーの高橋盾は1969年、群馬県桐生市に生まれた。小学生時代は6年間、デッサン教室やかかし絵教室に通う。同教室の自由奔放な指導により絵画の魅力に引き込まれていき、中学の卒業文集に「将来の夢はデザイナー」と書いていた。

1985年、パンクロックバンド「セックスピストルズ(SEX PISTOLS)」の影響でパンクロックファッションに強く感銘を受けることとなる。この時から高橋盾のバックボーンとして根強くあるパンクロックに強く惹かれ影響されるようになったのだろう。それと同時にファッションのへの憧れを抱き文化服装学院へ入学することを決める。

在学中には後輩「BOUNTYHUNTER」の岩永ヒカルとともに、「東京セックスピストルズ」というセックスピストルズのコピーバンドを組んでいた。高橋盾はボーカル。本家のジョニー・ロットンにも似ていることから「ジョニオ」の愛称で親しまれることとなった。

影響を受けたファッションデザイナーとしては、Comme des Garçons(コムデギャルソン)の創始者である川久保玲の名前を挙げている。

「UNDERCOVER」の受賞暦としては、1997年に毎日ファッション大賞の新人賞を受賞し、2001年には当時31歳の若さで毎日ファッション大賞に受賞したことが、話題となった。さらに、2013年には2度目となる毎日ファッション大賞に輝いている。

藤原ヒロシとの共同制作によるブランド「AFFA」は「Anarchy Forever Forever Anarchy」の略で、「無政府主義よ永遠に!」という意味。2005年に一度休止しており、2011年にはブランド名を「ASSEMBLE」(アセンブル)として新たなスタートを切った。なお藤原ヒロシとは他にも、「SOMETHING ELSE」(サムシングエルス)などのブランドも手掛けている。

現在の妻は森下璃子。出会いは1997年秋冬のコレクションにて東京コレクションに復帰した際のモデルオーディションの時。そして2年後、1999年に入籍することとなる。妻の森下璃子は結婚後、モデル活動を控えているとの事だが、UNIQLOとUNDERCOVERのコラボコレクション、「UU」ではガールズのデザインを担当するなど、公私ともにパートナーを務めている。現在は女児1人男児1人と、2人のお子さんがいる。

 

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